正式開場は、1961年(昭和36年)ですが、前年の1960年(昭和35年)7月1日に「根室グリーンクラブ」として発足したところから歴史が始まります。
当時の根室市は水産業である鮭鱒漁やタラバガニ漁などの漁業を中心とする経済活動で活気にあふれ、人口も5万人を超え、街は市民に加え漁船の乗組員や水産加工場に勤めるため全国各地から労働に来ていた人々で賑わっていて実際には6万とも7万もの人口がいたと言われておりました。当時市内の飲食店は約2,500店舗、映画館7箇所で人口密度による飲食店の割合は北海道一ということでした。しかしながら日中運動できるような施設は野球場が一箇所あるのみで、市民が運動や遊びなど娯楽の場が求められておりました。
当時市内で清酒醸造や水産加工場、酪農業、漁場などを一手に営んでいた「北の勝」で知られる四代目、碓氷勝三郎氏が所有していた土地(現ゴルフ場)を寄贈し、地元経済界の有志らと当時はまだ北海道でも数少なかったゴルフ場を造ることにしたのです。
大根や野菜の農場をゴルフ場に
大規模な畑をゴルフ場にするため、碓氷勝三郎氏が経営する缶詰工場に勤務する、男工さんや女工さんが2~3年かけて手造りで整地し、芝の苗を植え9ホールのコースを造り、現在のゴルフ場の原型を完成させたのです。コースは北海道大学の丸茂先生に設計をお願いしました。
北海道5番目のゴルフ場として
道内5番目のゴルフ場として
1960年(昭和35年)7月1日に「根室グリーンクラブ」として数十名の愛好家でスタート、翌1961年(昭和36年)9月10日に現「根室ゴルフクラブ」に改名し、正会員250名を集め正式に開場すると共に、同年12月に「根室ゴルフ株式会社」を株主75名を集め設立し、初代社長には碓氷勝三郎氏が就任しました。
碓氷勝三郎氏は、「ゴルフ場は個人が占有するのではなく皆で楽しみ、築き上げていくゴルフ場でなければならない。」が信条で、「根室ゴルフ株式会社」の株主は一人一株以上は持つことが出来ないこととし、会社の定款にも定めました。
時代の流れとともに
最盛期は1990年(平成2年)~1991年(平成3年)頃で、年間約12,000人の来場者があり、キャディーも20名ほど勤務していた時代もありましたが、その後水産漁業を取り巻く状況が変わり、根室の経済も衰退傾向をたどり人口減少が年々進んできました。
ゴルフ人口も減少しておりましたが、2010年(平成22年)には「根室ゴルフクラブ」の当時の理事長、藤條外輝夫氏や当時クラブ役員であった前社長の浅野和敏氏や現社長の馬立重氏などが中心となり、開場50周年の記念行事を開催いたしました。
2017年(平成29年)からはノーキャディーとし、利用料も低料金としより多くのみなさまにご利用いただけるゴルフ場を目指しております。
2020年(令和2年)からは乗用カートを増車し、コース内にバンカーを新たに増設いたしました。